ねこうさぎ
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巣立つ
2015-10-25 Sun 22:00
トモヤの夢を見たのは、何年ぶりかなぁ・・。


私とトモヤと二人で、2階の部屋の窓から空を眺めていました。


「もう決まっていることだけど、トモヤが還っていくのは寂しいよ。

トモヤ、どこに行くん?」





「おれもね、ここがいっちばん好きなんだけどさ。

あ、行くとこは、おれもよくわかんない」







こんな会話をしました。

トモヤも私も、泣かずにやさしく話しました。



トモヤは、二十歳のときより、ちょっと大人っぽかった気がします。



中学3年生のトモヤ


全ての人が、睡眠中に霊界を訪れているんですが、
それをと思っていることが多いです。


睡眠中は、霊体を通して自我を表現しています。
その間は霊界のどこかの界層にいるんですね。

だから、「トモヤの夢を見た」ということは、即ち、
「トモヤと霊界で逢った」ということです。


夢で見たことを話そうとしたり、思い出そうとして、
めちゃくちゃな話になるのは、
四次元的な霊界で生じたことを、
脳レベルの物質界意識で表現することは限界があるからですね・・。




先日、クローバーの愛さん
「うれしい旅立ちだけど、せつないお話」を読んだとき。

涙がはらはら落ちてきました。


私は、「巣立たせる愛」について、深く考えました。

トモヤが旅立ったことに、思いを馳せました。


そして、シルバーバーチの言葉を思い出したのです。



“死んだ人”たちはあなたのもとから去ってしまうのではありません。
死という名のドアを通り抜けて新しい世界へ入っていくだけです。
その人たちにとって死は大きな解放です。
     
(シルバーバーチの霊訓4-44)




死は地上生活の労苦に対して与えられる報酬であり、
自由であり、解放です。いわば第2の誕生です。
死こそ真の生へのカギを握る現象であり、肉の牢の扉を開け、
閉じ込められた霊を解き放ち、
地上で味わえなかった喜びを味わうことを可能にしてくれます。
愛によって結ばれた仲が死によって引き裂かれることは決してありません。

(シルバーバーチの霊訓1-150)



ずっと、ずっと、自分にいい聞かせて、
よく理解しているつもりでも、
ときどき、「トモヤへの懺悔」を口にしてしまいます。

私が悲しいと、トモヤも悲しいのに、
悲しむことが正しいかのように、
落ち込み、嘆き、謝るのです。



それは、トモヤ自身が「責められている」と感じることなのに。


きれいな空♡


巣立たせることは、愛。

もとに戻せないことを、いつまでも悔やむことは、
ただのエゴで執着なんですよね・・。



トモヤのしあわせを、心から願っています。
逢いたくてたまらない私の想いは、
今は、大切にしまっておきます。


トモヤ、また逢うときが、ぜったい来るね。
それまで、どうかどうか、元気で!


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